個人山行

知多死国48

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それはちょっとした思い付きから始まった。
エルカミーノの巡礼を盛り上げるため、まずは地元のお遍路で試してみようと
5月にやった天竜川と同じようなマラニックを知多半島を舞台でやってみたら面白そうだと
でも194kmを48時間で走るなんてバカな企画に賛同者はなく、セルフプロデュースの一人旅Runとなった。
11月16日(金)出掛けようとしたところ娘から駅に送って欲しいと言われ結局1時間遅れの9時半に名鉄前後駅に着いた。
通勤者に紛れ一人タイツ姿の自分がちょっと恥ずかしい。でも駅を出ると閑静な住宅地、快晴の秋空に気分良く走り出した。
一番札所曹源寺で山岳会のみんなに、LINEで出発の連絡を入れる。するとみんなから励ましのメールがたくさん入ってきた。
実況中継しながらの旅Runもこの先長いのでモチベーションのためいいんじゃないかと走り出した。
走りながらこれは誰かさんの「冒険の共有」と同じじゃないかと自分ひとりで悦に入ったりしていた。
でもこの知多四国走り始めは面白くない。23号線や高速、鉄道、川に遮られ迂回をくりかえさなくてないけない。また順番通りに進めるため
逆行や蛇行を繰り返す。でも修行のようなものだし鍛錬のためと我慢々々。
でも半田を過ぎると走りに集中できるようになった。
道案内のためしょっちゅうスマホばかり見るのでLINEチェックも頻繁になる。誰とは言わないが意味不明なスタンプを送る輩もいる。
なんでお前がお遍路なのかとも聞かれても答えるだけ無駄だ。説明しても理解は出来まい。
でもこの状況もアンチに囲まれた栗城氏とそっくりだ。まさしく”SHARE THE DREAM"である。
なんだか自分が栗城の後継者になった気分だ。
自分はアンチの立場じゃなかったのか?と思いながらも不思議と気分が高揚していくのに気付いた・・・・・・
自画自賛していたこの計画だけどちょっと思っていた旅Runお遍路とは違うところが出てきた。
受付を終わったお寺や参道が暗くて寂しいことだ。特に山の中のお寺は人気がなく寂しいどころか恐くて引き返したくなる。
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一度などは山門を入って屋根の崩れた本堂を見たときなど本当に逃げて帰った。(寺を間違えて入ってしまった。)
心霊現象が起こるならこんな適した場所などない。ヘッドランプもだんだん暗くなっていく。
こんなところでホラー映画の「死国」を思い出す。
四国のお遍路を死んだ人の年齢だけ逆打ちすると死者が蘇る話だ。
まあ今回の設定なら四十二時間以内に通し打ちで栗城復活としたら山岳ホラー小説になりそうである。
このときは軽い冗談だったのだが・・・・・
まあ42時間なんてのは徹夜で走り続けなければ無理である。でも1回そんな妄想を思い浮かべると頭から離れなくなってきた。
誰かを蘇がえさせることができるのであれば、誰? 誰を連れ帰ってもらえばいい?
単調な暗い道を走っていると自分が実際に走っているのか、走っている夢をみているのか判らなくなってくる。しかもここはお遍路、知多死国・・・・
走り始めは弱音を吐いていたが、どうしたものなのか今回は走り始めて12時間以上経つのに快調に足が前に出る。なんだか自分のものでは無いように思える。
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セカンドウインドとも言えなくもないが、何か不穏な雰囲気を感じながら真っ暗な海岸沿いの道路を進んで行った。
まあ自己新の場合はこんなものかもしれない。
師崎のフェリー乗り場に着いたのはAM3:30。(17時間30分の行動時間!)埠頭の先端部の建物のコンクリートの床に崩れるように座り込みスプレー剤を足に吹きかける。
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とにかく風もあり寒いのでシェラフを出して地べたに靴を枕にして横になる。
この日は疲れすぎなのか寝たのか寝れなかった分からない。うなされていたのかもしれない。
夢を見ているのか、起きているのかはっきりしない中、5時30分には出入り口の鍵を開ける音で起こされた。
切符売り場の出入り口の自動扉の前で寝ていた。急いでシェラフを詰めてザックをまとめる。
11月17日(土)7:00の日間賀東港行きの高速船に乗る。日間賀島、篠島では札所番号に拘ったため日間賀島で2時間以上の待ち時間が発生してしまった。
高速船は基本的に篠島、日間賀島の順番で廻るため札番順では廻れないようになっている。こんなところでもちゃんとした順打ちをさせず、結界を破らせないような仕掛けがあったのかもしれない。そんなことにも気付かないで馬鹿正直に実行した私にあんな天罰のような結末が待っていようとは思いもしなかった。
待ち時間の間、のんびりとした島で朝ドラ見たりして時間をつぶした。
この日の行動はただただ次の札所を目指して進むのみ。何かに取り付かれた様であったのかもしれない。
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南知多の田舎は海岸に半島の山並みが迫っている。お寺は山間部に多くちょっとしたアップダウンが足に堪える。
42番札所ではかわいい猫が寄ってきた。でも喉をなでながら片目が潰れているのに気づきぎょっとした。
人懐こいのか、無愛想なのか判らないなにか不思議な猫だった。
山間部の山寺は人気もなくひっそりとしている。ただただ早く終わらせたいと札所めぐりを進めていった。
この日はさすがにAM1:30に寒くなって70番札所を過ぎた公民館のベンチで眠った。(20時間の行動時間!)
最終日(11月18日)4:30、寝坊も出来ず新聞配達のバイクの音で目が覚める。3時間程寝られて疲労感もやや落ち着いた。
4時半ということは42時間の縛りは解かれたようだ。安心して最後の18箇所の札所を廻る。
だんだんと田舎道から町の道路に変わっていく。道は広くなるが寺は広い地域に散らばるようなりなかなか進まない。
それでも88番札所を目指すところにやってきた。
大きな一本道がなく、畑のシングルトラックを選ぶが、その円通寺は巨大な伊勢湾岸道のジャンクションの高架のそばにひっそりと建っていた。
ひっそりというよりも最後の札所なのにどのお寺よりも寂れているといってもいい。
珍しく一人参拝者の方がいたので写真を撮ってもらう。しかしどうも写真が白っぽくなってしまいうまく写らない。
このときになにか違っていることに気づくべきだった・・・・
最後の札所(87番)は大高駅の隣にある長寿寺だ。大高緑地公園の近くなので公園から帰る人達と一緒になりながらお寺を目指す。
51時間という今までで最長の行動時間だ。単純に自分を褒めてあげたい。また安全に自分を此処まで連れてきてくれた同行二人の空海上人にもお礼をしなくてはいけない。
いままで数箇所しか賽銭をしてこなかった私はせめて最後は奮発しようと財布を取り出した。
「50円か、百円か」と思いながらコインをつまもうとするがなかなかつまめない。
おやっと思いながら自分の右手をみて思わず「ギャー」と声を上げた。自分の右手の親指を除く指4本が第二関節からなくなっている!
落とした財布を拾おうとしても左手の指も全部なくなって・・・・・・
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と最後の落ちを考えついたとき、自分が坂東眞砂子の霊に憑かれたことを悟った。
始めに考えた山行報告とは全く違う内容を書き始めていた。ひとりでに筆が進んだと言ってもいい。
常滑のお寺あたりでたくさんの猫を見かけ写真に撮っていたことを思い出し改めて思い出した。
(金曜の15:47にLINE送った写真です。私は他にも猫の写真を4枚も撮っています。私はそれまでも猫なんか撮ることはなかったのですが・・・)
そこにはぼんやりと子猫を崖から放り投げるショートのグレイヘアーの女性が見えてるかもしれません。
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         42番札所の片目の猫。彼女が投げ捨てられた子猫だと思うのは知多の海風のせい?


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by toyotaalpine | 2018-11-18 18:52 | 個人山行

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